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手術五日目

手首の点滴のラインも外され、体に残っているのは、
・リード線
・心電図
・傷口に貼られた、かさぶたの代わりとなるシール(?)

随分身軽になりました。


体調としては微熱があり、また急に発汗したり寒気がしたり、何ともいえない体調不良で、気分がすぐれません。

手術四日目

遂に、ドレーンチューブを外した。
ここまで、120ml/日ペースで体液が排出されていたのだが、段々その色が薄くなり、量も減りつつあったので、抜かれた。

抜く瞬間は、お腹の中をニョロリンと通り過ぎる感じ。
これは、ただ単にちょっと気持ち悪いくらい。

で、抜いて出来た穴二つを、医療用ホッチキスでパチンパチン。
これが痛かった。
すぐ上に、12cmのデカイ傷があるにも関わらず、パチンパチンが妙に痛かった。

医師曰く、これが術後でもっとも痛いイベントらしい。
ちょっと安堵。

リハビリは、200m歩行×3/日。
老人にも抜かされるペースでゆっくりゆっくり歩く。

手術三日目

点滴のラインは首と手首の二本残っていたが、首のラインを外した。

随分すっきり。


傷口の痛みは、段々薄らいできたのだが、代わりに肩こり。
傷口に負担がかからぬように肩と背中が自然と過緊張となり、結果肩こりや筋肉痛となる仕組みだそうで。

で、これがただの肩こりとは思えないくらい痛い。
肩こり解消のストレッチもあるが、全然効かない。

特に若い方が、肩や背中の痛みを訴えるようだ。

看護師にお願いし、冷シップを貼ってもらってから睡眠。

手術二日目

再び目を覚ますと、またしても薄暗い部屋に寝かされている。

看護師に時間を尋ねると、手術翌日の朝4時だという。


口には、人工呼吸器ではなくて、酸素マスク。
意識は、やっぱり朦朧としていて、うつらうつらしながら周りの状況を確認するような感じ。


多分朝の7時くらいだと思う。
突然、看護師に歯ブラシを渡され、歯磨きしろと言われた。
もっと先にいろいろすべき事があるのではと思いつつ、歯を磨く。
ちなみに、まだ手術が終わってから12時間経過してない。



9時くらいに、リハビリの先生(女性)がベッドのそばに来た。
「この場で立ち上がることができれば、今日の午前に一般病棟に戻れます」
・・・そんなに早く戻るんですか。

フラフラしながら、先ほどの女性の代わりの髭のおっさんのサポートを受けながら、ベッドサイドに立ち上がった。
感覚的には、ほぼ、髭のおじさんに立たされた。

こうして、一般病棟に朝の10時に戻ることになった。




一般病棟では、また新たな試練が。
朝11時のこと。
共用トイレまで歩ければ、尿管を外すと言う。
これまた、二人の看護師に支えてもらいながら、何とかトイレまで歩けた。
ということで、尿管をニョロリンと外され、以降のトイレは自己歩行になった。



この時点で、体に付いているものを挙げると・・・
・点滴(首と手首)
・ドレンチューブ(へそ上に二本)
・リード線(へそ上に一本)
・心電図

以外に少ない。



食事は、昼から流動食が始まった。


夜は、眠剤と痛み止めを貰い、就寝。
傷口そのものは、やや痛い。

手術当日

手術は13時からの予定。

前日21時に、水分も食事もストップ。
朝九時から、点滴が始まる。

そんなに緊張は無い。

13時前に、ベッドに横になったまま、手術室に移動。
エレベータ前で家族と別れる。


手術室では、まず全裸になり、毛布がかけられる。
その状態で、ベッドから手術台に移動。

麻酔科医の
「それでは麻酔を入れ始めますね」
の声に返事をして少し経ったところ・・・



気が付くと、少し暗い部屋に寝かされていた。

見覚えのある、助手で入ってもらう外科医が何か声をかけてくれたのだが、全く右から左に抜けていった。

そして、再び眠りに落ちた。




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後から、家族から聞いた話。

術後すぐに担当医師の説明があり、心臓を開いてから術式を変更する判断があったとのこと。

弁下狭窄をKONNOで拡げる予定が、弁下に心筋が繊維状に発達しており、それを切除した方が良いとの判断によるものだった。

手術自体は、予定よりも1時間以上かかった。
(予定 13:00開始、18:00ICU入・・・実績19:00過ぎICU入)

最後の最後で、弁と血管とのつなぎ目からの出血が止まらず、輸血を行った。

「非常に難しい手術でしたが、無事に終えることができました」
との主治医の言葉で、家族も安堵したらしい。